鏡円坊


鏡円坊は身延山内支院の一つで、本院第五世日台上人が開かれたもの。日台上人は波木井長氏公の第二子で幼名を春乙丸と名付けられていました。そして晩年、波木井実長公の御舘邸を改めて寺として鏡円坊と名付け、実長公を初祖とし、御自身は第二代目であると称されました。すなわち日蓮大聖人に身延山全山を寄進された実長公が、御生活になり大聖人がおたづねした邸が鏡円坊となったのです。


鏡円坊は身延山内支院の一つで、本院第五世日台上人が開かれたもの。日台上人は波木井長氏公の第二子で幼名を春乙丸と名付けられていました。そして晩年、波木井実長公の御舘邸を改めて寺として鏡円坊と名付け、実長公を初祖とし、御自身は第二代目であると称されました。すなわち日蓮大聖人に身延山全山を寄進された実長公が、御生活になり大聖人がおたづねした邸が鏡円坊となったのです。