延寿坊

天正2年(1575)15世日叙上人が武田24将の一人 穴山梅雪(あなやまばいせつ)の息女延寿院殿の菩提のために建立。後に福泉坊と合併し、さらに昭和14年に上の山円光庵と合併。信玄は日叙上人に、川中島の合戦で勝利をおさめたのは身延山のお陰であったという 感謝の手紙を出しています。日叙上人と信玄は信仰を介した交流がありました。