身延山周辺 地図
身延山 地図記号 凡例
![]() | 久遠寺縁の霊蹟です |
| 久遠寺縁の霊蹟で、宿坊として宿泊できます | |
| 桜の見所です | |
| 紅葉の見所です | |
| 駐車場です。 |
延寿坊(えんじゅぼう)

延寿坊 天正2年(1575)15世日叙上人が武田24将の一人 穴山梅雪(あなやまばいせつ)の息女延寿院殿の菩提のために建立。後に福泉坊と合併し、さらに...
続きを読む願満社(がんまんしゃ)

願満社妙石坊より北沢の橋を渡り急坂を、およそ1800メートル登れば、宗祖洗足の霊地と伝える洗足に出る。奉祀の願満社、この地の住人、龍王淡路守の守護神に...
続きを読む御廟所(ごびょうしょ)

御廟所 拝殿は桁行7間、梁間5間、千鳥破風(ちどりはふう)造り。御所向拝丸太建築檜皮葺(ひわだ)。日蓮大聖人の墓所は、祖師の御廟である事から「...
続きを読む御草庵跡(ごそうあんあと)
御草庵跡 日蓮聖人が9年間起居した場所。山梨県指定文化財(史跡)。十間四面の玉垣は、明治25年旧姫路藩主酒井公夫人・文子氏が寄進。弘安4年(...
続きを読む花之坊(はなのぼう)

花之坊(はなのぼう)長禄3年(1459)蓮華院日応上人によって開創。花之坊は、常栄坊に移転し、明治7年(1874)に普賢坊と合併。地神を奉祀し、身延山聖園を管理し...
続きを読む妙石坊(みょうせきぼう)

妙石坊 学禅院日逢上人が文禄年間に開創。 元は妙石庵といい、文久2年(1862)に妙石坊と改称。妙石坊は、御廟所の裏手にあり、七面山の表玄関となります。現在は...
続きを読む積善坊(しゃくぜんぼう)

積善坊 13世日傳(にちでん)上人によって創建。最初は東谷蓮盛坊(れんじょうぼう)のあたりにありましたが文政2年(1819)に蓮華谷に移転(現在の蓮華寺付近)。 ...
続きを読む総門(そうもん)

総門(そうもん)寛文五年(1665年)9月、 身延山第二十八世日奠上人代建立で間口6.36m、奥行3.64m、高さ9.35mの四脚門です。身延山第三十六世日潮上人...
続きを読む山之坊(やまのぼう)

山之坊 元亀3年(1572) 15世日叙上人代に開創。最初は鷹取山の尾根にある山神社の傍らにあったといいます。東之坊・円柳坊は明治初年に山之坊に合併。...
続きを読む逕泉坊(きょうせんぼう)

逕泉坊(きょうせんぼう)文政5年(1822)廃寺となっていた南谷教泉坊を南延坊15逕静院日泉上人が復興。明治7年(1874)に林行坊と合併
続きを読む蓮盛坊(れんじょうぼう)
蓮盛坊(れんじょうぼう) 元和2年(1616)に日在上人が開創。南谷から移転し、観松坊・南延坊と合併。摩利支天像を安置(元は南延に安置)。文政2年(1819)積善坊22世...
続きを読む定林坊(じょうりんぼう)

定林坊(じょうりんぼう) 15世日叙上人が開創。慶応元年(1865)に類焼し、西谷本行坊下の通感坊の地に移転。さらに、明治8年の大火によっ...
続きを読む円台坊(えんだいぼう)

円台坊 正和元年(1312)中老僧日源上人によって開創。明治初年に西谷至言坊、同7年(1874)に感応坊と合併。境内の洗足にある願満稲荷の分社あり。近年、道路拡...
続きを読む丈六堂(じょうろくどう)

丈六堂 徳川家康側室お万の方寄進した一丈六尺の釈尊像を安置。釈尊像と堂宇は身延町指定文化財。京都の中正院日護上人が彫刻。堂内にお方寄進と伝えられる千体...
続きを読む十如坊(じゅうにょぼう)

十如坊鬼子母神神堂御供所。明治3年(1870)70世日祥上人代に坊号を授与。地図はこちら
続きを読む大光坊(だいこうぼう)

大光坊 28世奠上人が開創。元は大光庵といい、明治3年(1870)に大光坊と改称。 奥の院登詣の中間点で、ここから奥の院までは急な山道となります。境内...
続きを読む大林坊(だいりんぼう)

大林坊 正和元年(1312)中老僧日源上人によって開創。明治初年に西谷至言坊、同7年(1874)に感応坊と合併。境内の洗足にある願満稲荷の分社あり。近...
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