奥の院思親閣


思親閣
久遠寺の裏山が身延山で山頂は、海抜1153mあります。 ここは日蓮聖人が登山せられ、故郷である千葉県小湊のご両親様を偲び、 追慕された霊跡の地でありますので、思親閣が建てられ奥ノ院と呼ばれております。三門より徒歩で五十丁(5,5km)ロープウェイを利用しますと、 七分で登詣できます。
奥の院思親閣歴史
奥の院思親閣は、追慕の念押え難き日蓮大聖人が、遥か故郷房州の空を拝し、追考のまことを捧げた地。大聖人入滅の翌年、高弟の日朗上人が亡き師の篤い孝心を後世に伝えるべく 山頂に一宇を建立したのが起源とされます。参道両脇に聳える老杉は、大聖人が両親追善のため自ら植樹したとされています。標高1,153mの身延山山頂、奥之院駅より徒歩3分の場所に建つ「奥之院思親閣」は、身延山に入られた日蓮大聖人が西谷の御草庵 ── 現在の御廟所・御草庵跡 ── より50丁の道無き道を登られ、遙かに故郷(ふるさと)房州小湊(現・千葉県鴨川市)のご両親、お師匠の道善房を追慕なされた思親大孝の霊場です。参道石段中程の両側には、日蓮大聖人が自らお手植えになられた4本の杉古木があり、石段の先、仁王門には、鎌倉時代を代表する仏師・運慶の作と伝えられる「密迹(みっしゃく)金剛」・「那羅延(ならえん)金剛」の二体の仁王像が境内を護っています。
祖師堂
仁王門をくぐった先、正面に建つ「祖師堂」は日蓮大聖人の直弟子である六老僧の一人、大国阿闍梨(あじゃり)日朗上人によって開創され、加賀藩三代藩主・前田利常公の母君(ははぎみ)、寿福院お千世の方(かた)の寄進により、 寛文5(1665)年に完成した由緒ある御堂です。ロープウェイでご参拝される方はこちらから
仁王門
三道やロープウェイで到着したとき、 まず始めに目に飛び込んでくる建物。二体の仁王様が境内を護っています。