法喜堂

明治8年に焼失。明治16年(1883)74日鑑上人代に甲斐駿河寺院信徒の寄進によって再建。旧堂宇は慶長13年(1608)18世日賢上人代に豊臣秀吉姉瑞龍院(関白秀次の母)が寄進したもの。参拝に関する寺務所は報恩閣に移りましたが、現在も一部の寺務所が置かれています。

明治8年に焼失。明治16年(1883)74日鑑上人代に甲斐駿河寺院信徒の寄進によって再建。旧堂宇は慶長13年(1608)18世日賢上人代に豊臣秀吉姉瑞龍院(関白秀次の母)が寄進したもの。参拝に関する寺務所は報恩閣に移りましたが、現在も一部の寺務所が置かれています。