身延山 地図記号 凡例
久遠寺縁の霊蹟です
久遠寺縁の霊蹟で、宿坊として宿泊できます
桜の見所です
紅葉の見所です
駐車場です。
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大鐘(おおがね)

大鐘(おおがね)鐘楼堂は明治15年(1882)日鑑上人代に甲斐国南条講中が寄進。梵鐘は22世日深上人代に企画され、25世日深上人代に鋳造。お万の方が寄...

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菩提梯(ぼだいてい)

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菩提梯 菩提=覚り、梯=その上の段階に昇るための手引き、という意味です。階段は287段あり、これを題目7文字で割ると41遍の題目で割り切れます。よって、題目「南無妙法蓮華...

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三門(さんもん)

三門  間口13間、奥行5間、高さ7丈(21m)三門の名称は、三解脱門の意で、空・無相・無願をあらわしています。仏教の教義では、仏道修...

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仏殿(ぶつでん)

 宝永5年(1708)、36世日亨(にちこう)上人代に創立。文政12年(1829)に焼失。天保3年(1832)59世日銘上人代に再建。嘉永5年(1852)、日薪上人代...

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開基堂(かいきどう)

開基堂 多宝塔形式で、身延山の開基檀越南部(波木井)実長像を奉安。以前は本堂前にありました。身延町指定文化財。地図はこちら

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斜行エレベーター

斜行エレベーター せいしん駐車場から本堂までのエレベーター。七面山を眺めながら本堂横まで2分ほどで到着。本堂横に到着すると目の前に五重塔が見え、感動です。斜行エレ...

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五重塔

平成21年2月26日、落慶法要である五重塔仏舎利遷座並びに入仏開眼式が行なわれ五重塔にお釈迦様の仏舎利(遺骨)を納め開眼法要をしました。これにより、明治8年の...

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御真骨堂(ごしんこつどう)

御真骨堂 御真骨堂 (ごしんこつどう)八角形・5間。日蓮聖人の御遺骨を安置。『甲斐国志』には「而実不滅堂」とあり。元政上人は「何故に 砕きし骨の名残とぞ思えば袖に...

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法喜堂(ほうきどう)

法喜堂 明治8年に焼失。明治16年(1883)74日鑑上人代に甲斐駿河寺院信徒の寄進によって再建。旧堂宇は慶長13年(1608)18世日賢上人代に豊臣秀吉姉瑞龍院...

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奥の院思親閣

奥の院思親閣思親閣 久遠寺の裏山が身延山で山頂は、海抜1153mあります。 ここは日蓮聖人が登山せられ、故郷である千葉県小湊のご両親様を偲び、...

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報恩閣(ほうおんかく)

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平成14年に立教改宗750年を記念し、信徒の受付・接待所として建立。地図はこちら

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甘露門(かんろもん)

甘露門 昭和55年に再建。大広間には、日本画家加山又造甘露門 (かんろもん) 2間1間半。明治初年に建立。元・元老院議官であった中村正直の筆。甘露の語源は、「法華...

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大本堂(だいほんどう)

大本堂 間口17間半奥行28間。総坪数970坪で日蓮宗最大級の堂宇。90世岩間勇上人代の昭和60年に日蓮聖人700遠忌記念事業の一環として落慶。正面に...

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祖師堂(そしどう)

祖師堂 12間20間。江戸時代の祖師堂は明治8年の大火で焼失しましたが、明治14年(1881)に七十四世日鑑上人の代に再建立。一部の用材は、天保改革で取り潰された...

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水鳴楼(すいめいろう)

水鳴楼 明治14年(1881)74世日鑑上人代に再建。法主居間、貴賓室・応接間からなります。文政12年(1829)に焼失。天保6年(1835)60世日潤上人代に再...

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